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  • ミヤケ歌歌いの歴史

始まりは4歳の時

4歳の時、父に連れられて行ったLiveBarで人前で歌い、あまりの気持ち良さに私絶対歌手になる!と心に決めたのでした。

それからというもの、地元のお祭りのカラオケ大会、遊園地の特設ステージなど歌えるところには必ず出現し、人前で歌って踊ってました。でも実はとっても恥ずかしがり屋で、心臓バクバク足はガクガク震えていました。今でもそうかも。

小学校では合唱団に入り、声が大き過ぎて目立って叱られたりしてました。そして、いつか私はピンで歌える人になるんだ!と思ったものです。

JAZZとの出会い

中学生の時、渡辺貞夫さんのvocal入りの曲を聞き、なんてかっこいいんだろうと感激して、Jazzに憧れを抱くようになりました。

高校生の時には様々なJazzの曲を聞くようになりましたが、まさかこの美しくてよくわからない難しい曲を歌えるとは思ってませんでした。短期大学に入学して田舎に一人暮らし一人暮らしでしたので、ようやく自由に歌える環境になり、ちょっとずつスタンダードJazzの曲を覚えながら、大好きなサラヴォーンやダイナワシントンの音源と一緒に歌ってましたら、あれ?意外に歌える?それに、bluesを歌ってる時のこの心地よさ、全身が慰められるような感覚は何だろう?辛い時は歌が私を慰めてくれる、私には歌が必要だと思うようになりました。ある日黒人霊歌を聞いてからその感覚がさらに強くなり、どうしてもNewyorkへ行きたくなりました。そこでrealな黒人霊歌が聞きたくて、だいぶ時間は経ちましたが、渡米することにしました。そこでJazzの理論や歌を学びながら、教会のゴスペルチームに入れてもらい歌の基本を教えてもらいました。特に黒人の人達にとって歌や音楽はなくてはならないもので、神様に捧げる歌の練習はそれはそれは厳しいものでした。

私の生い立ち